大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ラ)274号 決定

抗告人 大橋理一

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告代理人は「原決定を取消す、本件競落はこれを許可する」との裁判を求め、抗告人が別紙第一目録〈省略〉の物件につき競買の申出をしたのに、原裁判所が競落不許可の決定をしたのは違法であると主張し、その理由として、別紙「抗告の理由」のとおり主張した。

よつて案ずるに、本件記録によれば「昭和三十七年十一月二十二日附の競売及び競落期日公告においては、競売期日を同年十二月十三日午前十時不動産及びその最低競売価額として本件競売物件である別紙第一目録記載の物件及びその価額を表示したが、そのうち第七を金一、一〇〇、〇〇〇円第八を金九〇、〇〇〇円と表示し、本件は全物件につき昭和三十六年(ケ)第二五号事件の全物件と一括競売であると表示した。

右競売期日においては競買の申出がなかつたので、更に、昭和三十八年三月五日附の競売及び競落期日公告において、競売期日を同年三月二十八日午前十時不動産及びその最低競売価額として前記第七を金九、七〇〇、〇〇〇円前記第八を金八〇〇、〇〇〇円とし、本件は全物件につき昭和二十六年(ケ)第二五号本件の全物件と一括競売であると表示した。右競売期日において抗告人が本件競売物件の全部につき表示された最低競売価額で競買の申出をなし、前記第七、第八については前記のように誤つて記載された高い価額で競買の申出をなしたこと」が認められる。以上の事実によれば、前記昭和三十八年三月五日附の公告のうち前記第七、第八の物件については恐らく一けた誤つて高く最低競売価額が記載されたもので、右公告は、競売法第二十九条民事訴訟法第六百五十八条に定める公告の要件を具備しなかつたことになり、かような場合には、競売法第三十二条民事訴訟法第六百七十二条第六百七十四条により、一括してなされた競買につき競落を許すべからざるものとされるのである。抗告人は、債務者及び物件所有者に何らの不利益を及ぼさず、また、競売の公正を害さないと主張するが、たまたま公告に記載された価額が最低競売価額を超え、これによつて競買の申出がなされたときは、債務者及び物件所有者に何らの不利益を及ぼさないとはいえ、せり上げの結果によらず誤つて高い価額で競落されるときは、競売の公正が保たれるものとはなし難い。最低競売価額は最も重要な売却条件であつて、その正当な提示のない限り正当な競売の行われ難いものであるので、この提示は厳格になされねばならない。また、この点の公告は、すべての利害関係人に共通するものと解され、その違法については競買人のみならず、すべての利害関係人から異議抗告をなしうるものと解されるので、これらの事情を無視して競買を許可しうるものとはなし難い。よつて競落を許さなかつた原決定は正当であつて本件抗告は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり決定する。

(裁判官 千種達夫 脇屋寿夫 太田夏生)

別紙 抗告の理由

一、原裁判所が、本件競落を許可しなかつたのは、別紙第一目録記載の第七物件について、競売公告においてその最低競売価額をその前の昭和三十七年十二月十三日の競売期日における最低競売価額金百十万円より相当低減して公告すべきところ、金九百七十万円と記載して公告したのは競売法第二十九条第一項民事訴訟法第六百五十八条によりなすべき適法なる最低競売価額の記載がなかつたものと認めるべきであるから競売法第三十二条第二項民事訴訟法第六百七十四条第二項本文第六百七十二条第四号に該当するというのである。

二、競売法第三十一条民事訴訟法第六百七十条第一項によれば、裁判所は新競売期日を定めるに当つては最低競売価額を相当に低減すべきものとしているが、この規定の法意は競売手続を迅速かつ公正に遂行するためである。また、競売法第二十八条が、裁判所は鑑定人の評価額をもつて最低競売価額とし、同法第二十九条第一項民事訴訟法第六百五十八条が競売期日の公告に最低競売価額を記載すべきものと規定しているのは、債務者及び物件所有者の利益を保護し、かつ競売の公正を期するためである。

三、本件において、原裁判所が本件競売期日の公告に記載した最低競売価額がその前の昭和三十七年十二月十三日の競売期日の最低競売価額を超過していることは、原決定の示すとおりであるが、右超過した価額で競買の申出があつた以上、債務者及び物件所有者に何らの不利益を及ぼさないのは勿論、競売の公正を害することもないから、これを許すべからざる競買価額の申出とする何らの理由がないのである(もし右価額で競買の申出がない場合は、あらためて最低競売価額を相当に減額して新期日を定めれば足る)。

四、したがつて、前の競売期日の最低競売価額を低減しなかつた本件競売期日の公告における最低競売価額の記載を違法とし、競売期日の公告における最低競売価額の記載なきものとの判断は前記各法条の解釈を誤つたもので取消を免れない(競売期日の公告に記載された最低競売価額と鑑定人の評価額または前の期日の最低競売価額とが異なることを理由として民事訴訟法第六百七十二条第四号に該当するものとしたいくつかの下級審判例があるが、これらの判例はいずれも不当に低減した場合であつて増額した場合でないから本件に適切でない)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例